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演目解説

傾城阿波の鳴門 巡礼歌の段(けいせいあわのなるとじゅんれいうたのだん)

殿様の刀を取り返すために盗賊となった十郎兵衛(じゅうろべい)・お弓(おゆみ)夫婦のもとに仲間から追っ手を知らせる手紙が届く。お弓が夫の身を心配していると、そこへ巡礼の少女がやってくる。話を聞くうちに、その少女が、ふたりが国を出るとき故郷に残してきた実の娘お鶴(おつる)だとわかる。しかし今は盗賊の身。親子と名乗れば娘にも罪がかかるので名乗ることができない。親探しを諦めるよう言うものの、お鶴は聞き入れようとしない。お弓は親子の情に耐えかねてお鶴を抱きしめ、また娘もいっしょに暮らしたいと願う。お弓は心を鬼にして、涙ながらにわが子を追い返そうとする。しかし今別れてはもう二度と逢えないと思い直し、ふたたびお鶴のあとを追いかけていく。

登場する人形はお弓(親)。お鶴(子)の2体です。

加賀見山旧錦絵 七段目 長局の段(かがみやまこきょうのにしきえ ながつぼねのだん)

中老尾上(おのえ)が上使岩藤(いわふじ)のいやがらせを受け、たくさんの人が見ているにもかかわらず草履で顔を打たれ、恥をかかされる。尾上はこの屈辱に自害の覚悟を決めるが、侍女のお初(おはつ)はそれを察し、いろいろ思いとどまるように画策する。ところが、尾上はお初を自分の母のもとに使いに出した隙に自害をしてしまう。お初は、尾上の旭の弥陀の尊像を岩藤に奪われたことや尾上の亡骸を見るにつけ悔しがりながらも、ついに主人の仇を討つ決心をする。

江戸の浜田藩邸で実際にあった事件を物語にしたものです。

絵本太功記 十段目 尼ヶ崎の段(えほんたいこうき じゅうだんめ あまがさきのだん)

京都本願寺で主君織田信長を討った光秀の母皐月と妻操は、尼崎に隠れ住んでいた。そこに光秀の一子十次郎の許嫁初菊が老婆の体老婆の体気遣って訪ねた。おりしも十次郎は出陣のため暇乞にやってきた。祝言もすまないのに死ぬ覚悟の十次郎を見た老母は、初菊との仮祝言を挙げさせて出陣させた。そこへ光秀を討とうと間柴筑前守久吉が茶坊主に扮して現れた。久吉が隠れ家に潜んでいることを知った光秀は、竹で槍を作り久吉の潜む一間を突き刺した。しかし、意外にも突き刺したのは老いたわが母であった。あまりのことに愕然とする光秀、瀕死の痛手にもめげずにわが子を諌める皐月、妻操は夫光秀を責める。しかし二人の諌言に耳を貸すこともなく、光秀は再び出陣していくのであった。

増補朝顔日記 宿屋の段(ぞうほあさがおにっき やどやのだん)

秋月の娘みゆきは宇治の蛍狩りで阿僧次郎と恋仲となるが、阿僧次郎が鎌倉へ行くことを命じられ遠く離れて暮らすことになる。しかし、恋人を忘れられないみゆきは、家出をして尋ね歩くうちに両目を泣きつぶしてしまう。それでも杖を使いながら阿僧次郎が書いてくれた朝顔の歌を唄いつつ巡り歩くうちに、ある宿屋で駒沢次郎佐衛門に会う。駒沢はみゆきの捜し求めている阿僧次郎その人であったが、みゆきの思いにいたたまれなくなって、宿の主人に女扇、金品、目薬をみゆきに渡すようにと頼んで朝早く宿を出る。それらの品を渡されたみゆきは、宿の主人に女扇に何か書いてないかと尋ねたところ、駒沢が女扇に記した一文があることを知り、駒沢が阿僧次郎だと気づく。みゆきは宿の主人が止めるのも聞かず、降る雨の中を大井川の渡しへと急ぐ。

増補朝顔日記 大井川の段(ぞうほあさがおにっき おおいがわのだん)

みゆきは恋人を追いかけて、降りしきる雨の中をこけつ転びつつ杖を頼りに大井川までたどり着くと、息を切らしながら川越たちに駒沢次郎佐衛門様というお侍はもう川をお起こしなされましたか、まだかと尋ねる。川越はその侍はつい先ほど川を渡ったが今は急な大水で渡しが止まったというので、みゆきは驚き伏して前後不覚に嘆き悲しむ。起き上がると天に向かって自分はどうしてこんなに不運なのかと恨み事を言うが、気を取り直し、この川の水の増えようはどうせ添い遂げられない縁ならばここで死ねとの知らせと考え、まさに川に飛び込もうとしたところへ宿の主人が使用人の関助を連れて駆けつける。関助から話を聞いた宿の主人は、みゆきは自分が若いころ助けられた秋月の娘で、みゆきを助ける浅香は自分の娘であると悟り、刀を腹に突き立てる。皆が驚いているところで宿の主人が「駒沢様に聞いた話では甲子の年に生まれた男子の生血を服用すれば、どんな難病も治る薬である」と話し、「自分は甲子生まれだから早く生血をとり、薬にといてみゆきに飲ませるように」と理由を言う。関助が血を皿に受けて飲ませると、みゆきの両目が開く。みゆきは話を聞き、再生を喜ぶと同時に宿の主人の死を悲しむ。

寿三番叟(ことぶきさんばそう)

古い猿楽芸を伝えているといわれ、狂言では能の翁と同じように祝言曲として取り扱われており、顔見世興行や正月に芝居繁栄を祈るときにも演じられています。

この人形の頭には「大江定丸」(1834~86)と作者の銘が書かれています。

伊達娘恋の緋廉子 八百屋お七の段(だてむすめこいのひがのこ やおやおしちのだん)

八百屋のお七は、刀が入ったことを恋人の小姓吉三郎に一刻も早く知らせ届けたいと思っている。吉三郎は大事な家宝の刀を預かり守っていたが、それを盗まれてしまい、今日中に差し出すか、さもなくば切腹を命じられるという苦しい立場にあった。お七は刀の事を早く知らせようとするが、時すでに遅く木戸が閉まってしまい吉三郎のもとへ行くことができない。困り果てたお七は、そこに火の見やぐらがあることに気がつく。火の見やぐらの太鼓を打てば火事の知らせに木戸が開かれるという話を思い出し、自分はどうなっても吉三郎を助けようと、大雪の降る中、火の見やぐらに登って太鼓を打ち木戸を開かせようとする。

恋人を助けようとする女の一念の物語。

艶姿女舞衣 三勝半七酒屋の段(あでむすめおんなまいぎぬ さんかつはんしちさかのやのだん)

酒屋あかねやの跡取り息子半七の所に宗岸の娘おそのが嫁いできた。しかし半七は芸者の三勝にうつつをぬかし、夜泊まり、日泊まりで遂にお通という子供まである仲となった。夫婦とは名ばかりであったが、おそのは嫁として舅夫婦によく仕えた。こんなおそのを見た父親の宗岸は、娘が不憫と無理に実家へ連れて帰った。連れ帰られたおそのは日夜ふさぎ込んで食事もすすまない日が続く。この様子をみた宗岸は深く反省して、おそのをふたたび酒屋に連れて行くのであった。

山本一流獅子の一曲(やまもといちりゅうししのいっきょく)

おめでたい獅子舞を操り人形で演じます。この演目の獅子は、糸あやつり人形がこの地に伝わってきた当時のものです。

三十三所花の山 壺坂寺 沢市内の段(さんじゅうさんしょはなのやま つぼさかでら さわいちうちのだん)

大和壷坂に住む座頭沢市は琴や三味線の稽古をしながら、美しい女房のお里が賃仕事を力に細々と暮らしていた。沢市は女房が毎晩家をあけるのに疑いをもちますが、自分の目があくように壷坂寺参籠(さんろう)することになりました。三日間断食するといって、独り残った沢市は、ふがない自分と暮らしていてもお里は、しあわせになれないと思いかたわらの谷に身をおどらせ、これを知ったお里もあとを追いますが、観音様のご利益で二人は命が助かり、沢市の目も開きます。喜び勇んだ夫婦は万歳を舞って、お礼参りをするのだった。

伽羅先代萩 正岡忠義の段(めいぼくせんだいはぎ まさおかちゅうぎのだん)

伊達家19代綱宗の一子・鶴喜代は幼少のため、重臣伊達刑部は一味を語らって藩政を私物化しようとした。刑部は一味の梶原景時の室・栄御前、中老・八汐と謀り鶴喜代の身代わりにと健気にも覚悟をきめた。若君暗殺をたくらむ刑部一味は毒入りの菓子を「頼朝公より下されたもの」として鶴喜代に与えた。その菓子を奪って食べた千松は苦しみ、八汐に無礼討ちにされた。それを垣間見た栄御前は目的を果たしたと勘違いして狂喜する。後ろでは政岡が役目とはいえ、変わり果てた我が子を抱き上げ一人泣きくれるのであった。

奥州の名門伊達家に起こった伊達騒動の一場面。