「建物は街に語りかけている」 内藤 廣
この建物は、全国でも珍しい美術館と劇場が一体になった建物です。益田のみならず石見地方の文化の拠点となる大きな使命を背負っています。澄田信義知事の英断と、関係者の不屈の精神によって完成の日を迎えました。敷地面積36,000m²、延床面積19,000m²、コンクリート32,500m³、鉄筋4,400t、型枠面積132,000m²、膨大な資材と労働力を緻密な計画のもとに投下した成果です。
総鉄筋コンクリート造りの建物を、光彩を放って覆っているのは石州瓦です。屋根瓦12万枚、壁瓦16万枚。極めて耐候性の高い石州瓦が、雨風から建物を守っています。壁にこの素材を使うのは全国でも初めてです。壁に使われた石州瓦は、屋根に使われる時とはまったく異なる風合いを見せます。石州瓦独特のガラス質の表面が時事刻々変化する独特の表情をつくり出します。石見地方の人達が見慣れた身近な材料が、壁に使われることによって誰も見たことのないものに生まれ変わったのです。赤茶の素材色がそのまま見える時もあるし、光の角度によっては金色に輝きます。不思議なことに、青空が広がれば薄いブルーに色変わります。夕暮れ時にはわずかに緑色になります。まさにこれまで誰も見たことのない壁の表情です。さらに、この壁の質感はメンテナンスフリーです。この建物が存続する限り、数百年はこのままの状態を保ちます。
一般に、現在の建物の用途や機能の原型は、ルネサンスに源を発しているといわれています。ルネサンス以降の建築の大きな特徴は、王侯貴族などの限られた人たちだけの鑑賞品であった芸術や音楽が、徐々に大衆に開かれていく過程で姿形を変えてきました。美術館や劇場といった建物の形式はその典型と言えます。この建物の企画の際立った特徴は、長く袂を分かった美術と音楽が一つの場所に集まり、地域再生の文化的な拠点となることです。
美術館、劇場、各々に求められる機能は現代的な技術を結集したものです。これだけの規模の建物ですから、中で起きてくる活動内容も様々です。それらをまとめあげる強い求心力を持った何かが必要です。この建物では、回廊を巡らした大きな中庭が様々な機能をまとめ上げています。中庭の大きさは45m四方、中央には25m四方の鏡のように静かな水盤があります。この水盤は、普段は天空を映し出して建物に静寂を与えていますが、中庭で催しがある時は消えて無くなり、広場に変身します。
様々な機能の集合体であるこの建物は、その規模からして一つの街区のようなものです。ここから益田の街の未来が広がっていきます。建物は街に語りかけているのです。ここから始めましょう、と。 (2005年10月)
内藤廣(Hiroshi Naito/建築家)

1950年生まれ。フェルナンド・イゲーラス建築設計事務所(スペイン・マドリッド)、菊竹清訓建築設計事務所を経て、1981年内藤廣建築設計事務所を設立。2001~11年東京大学大学院において教授、同大学にて副学長を歴任。2023年4月から多摩美術大学学長。主な建築作品に、海の博物館、安曇野ちひろ美術館、茨城県天心五浦記念美術館、牧野富太郎記念館、島根県芸術文化センター、日向市駅、静岡県草薙総合運動場体育館、富山県美術館、とらや 赤坂店、高田松原津波復興祈念公園 国営 追悼・祈念施設、東京メトロ銀座線渋谷駅、京都鳩居堂、紀尾井清堂などがある。
石州瓦について
建物を覆う石州瓦(せきしゅうがわら)は島根県の石見地方で生産されている粘土瓦で、三州瓦、淡路瓦と並ぶ日本三大瓦の一つです。来待石(きまちいし)を混ぜた釉薬が1200℃以上の高温で焼成されることでガラス質のコーティングとなり、高い耐久性を発揮します。島根県芸術文化センターの建物には、この石州瓦が屋根に12万枚、壁に16万枚使用されていますが、巨大な壁面が均質になりすぎないよう、6種類の釉薬を使って風合いを出しています。


動画「グラントワ建築案内」
グラントワの建築の魅力を、グラントワで働くスタッフと設計者の内藤廣さんとの対話により、全5回の動画でご紹介します。
※この動画は2020年に開館15周年を記念して制作したものです。
2020年制作
企画 島根県芸術文化センター「グラントワ」(島根県立石見美術館、島根県立いわみ芸術劇場)
撮影・編集 株式会社 益田工房
音楽 相川 瞳
協力 内藤廣建築設計事務所
建築概要
建築物名称 | 島根県芸術文化センター (島根県立石見美術館、島根県立いわみ芸術劇場) |
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所在地 | 島根県益田市有明町5番15号 |
設計 | 内藤廣建築設計事務所 |
敷地面積 | 36,564.16㎡ |
建築面積 | 13,887.00㎡ |
延床面積 | 19,199.6㎡ |
規模 | 地上2階 地下1階 |
最高高さ | 32.240m |
構造 | RC造、一部PC、S造 |
受賞歴・メディア掲載
International Architecture Awards
2006年受賞 International Architecture Awards
BCS賞
(社)建築業協会(Building Contractors Society)は、2007年7月20日付けで第48回BCS賞(建築業協会賞)」15作品の決定を発表しました。
報道発表の際にも「島根県芸術文化センター(グラントワ)」は筆頭にあげられ、「建物の外壁に石見地方特産の石州瓦を用い、地域の固有性をうまく出すとともに、造形的にも施工的にも見事な内部空間を見せている」と、高い評価を得ています。
第14回しまね景観賞大賞
島根県芸術文化センター「グラントワ」は、石州瓦の家並みが並ぶ美しいしまねの景観を第一に意識した表現が評価され、第14回しまね景観賞大賞を受賞しました。
第14回甍(いらか)賞金賞(経済産業大臣賞<一般部門>)
第14回「甍賞瓦屋根景観等・設計実施例コンクール」(主催:全国陶器瓦工業組合連合会、社団法人全日本瓦工事業連盟、毎日新聞社)審査委員会による審査において、島根県芸術文化センター「グラントワ」(設計者:内藤廣建築設計事務所)は、受賞作品に決定されました。
審査は1次、2次、最終の3段階で審査委員9名の投票により行われ、「グラントワ」は1次の段階ですでに最多得票を獲得した作品でした。
なお、第14回の甍賞は、全国の応募作品89件の中から16件が入賞作品に選ばれ、うち最高の金賞(経済産業大臣賞<一般部門>1件と国土交通大臣賞<住宅部門>1件)は2作品が受賞しました。
UD賞(アーバンデザイン賞)2008
島根県芸術文化センター「グラントワ」は、アーバンデザイン研究体(UDM)により発表された「UD賞(アーバンデザイン賞)2008」を受賞しました。
建築環境と外部空間のデザインを取り入れ、また地域の伝統的な素材を現代建築へ使うことにより、ハードの建築だけではなく地域の持つ文化を建築物や外構へ融合させたことが評価されました。
第12回公共建築賞・特別賞
島根県芸術文化センター「グラントワ」は、(社)公共建築協会により発表された、第12回公共建築賞・特別賞(国土交通省大臣官房官庁営繕部長表彰)受賞3作品のうち1作品に選ばれました。この賞は数ある建築賞のなかで、特徴として公共建築物を対象としていることのほかに、評価の基準として、設計施工が優れていることに加え、地域社会への貢献や施設の管理、保全といった視点からも評価が行われています。
掲載誌
- 『THE JAPAN ARCHITECT. 46』新建築社 2002年
- 『新建築』新建築社 2005年10月号
- 『日経アーキテクチュア』2005年11月14日号
- 『建築技術』建築技術 2006年2月号
- 『美術1』平成19年度用、光村図書出版株式会社 2006年(高等学校用芸術科(美術)文部科学省検定済教科書)
- 『Pen』阪急コミュニケーションズ 2006年11月15日号
- 『Casa BRUTUS』マガジンハウス 2006年1月号
- 『内藤廣/インナースケープのディテール』彰国社 2006年
- 『住宅建築』建築資料研究社 2007年1月号
- 『建築のちから』王国社 2009年
- 『NA建築家シリーズ03 内藤廣』日経BP社 2013年
- 『内藤廣の建築 2005−2013 素形から素景へ2』TOTO出版 2014年
- 『内藤廣設計図面集』オーム社 2020年
- 『Casa BRUTUS』マガジンハウス 2023年10月号
- 『建築家・内藤廣 BuiltとUnbuilt 赤鬼と青鬼の果てしなき戦い』グラフィック社 2023年 ほか